著名人インタビュー : 石川ひとみさん <第1回>

病気を自分の胸にドンと受け入れて、‘B型肝炎の私’ができることをしていこう! そう考えたんです。

石川ひとみさん
石川ひとみさんプロフィール

1978年歌手デビュー。1981年『まちぶせ』がヒットし、NHK紅白歌合戦に出場。歌やテレビの司会などで活躍。1987年にB型慢性肝炎を発症し、入院・療養を経て、翌年復帰。NHK「母と子のテレビタイム日曜版」に出演するなど、ファミリーに向けた活動を展開。
現在はLIVE活動を中心に、CDアルバム「With みんなの一五一会 ~ RADIO DAYS」をリリース。心と体の健康に関する講演会やエイズ、慢性肝炎に関係した活動もしており、著書に闘病記『いっしょに泳ごうよ』(集英社)がある。

突然の発症とB型肝炎への誤解・偏見に接して

B型肝炎を発症したのはいつのことですか?
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1987年です。実は発症する少し前に「あなたはB型肝炎のキャリアですよ」って言われたんです。発症する一年か二年前、はっきりと覚えていないぐらい、そのときは軽く考えていました。何も症状はないし、キャリアの人がすべて発症するわけではないので、「たまに検査すればいいのかな」程度の気持ちだったんです。ところがその後発症してしまったときには、「まさかこの私が! 病気で入院するなんて!」と、驚きが一番大きかったですね。健康なときには病気の自分を想像しませんものね。

肝炎になって誤解や偏見を受けたと、闘病をつづった自叙伝『いっしょに泳ごうよ』に書かれていますね。
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B型肝炎が誤解や偏見を受ける病気だとはまったく思ってもいませんでした。もちろん血液を介して感染することは知っていましたが、まさか私が他人から避けられてしまったり、誤解を受けてしまうなんて、これっぽっちも考えなかったし、頭のなかをよぎりもしませんでした。一緒にご飯を食べたり、握手をしたり、プールに入ったり、そういうことでうつるんじゃないかって怖がられてしまったとき、これはいったいなんだろうって思いましたね。「これは誤解をしているんだなぁ」、「みなさん、あまり理解していないのかなぁ」って思いましたけれど、でも一人一人に「いや、これは違うんですよ」ってお話しして歩くわけにもいかないし…。どうしたらいいだろうって悩みましたね。

かなり落ち込んだわけですね。
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「どうして私が?」「なぜ?」という疑問文や否定文ばっかりが頭のなかをよぎっていました。けれど、あるときこれじゃいけないって気付いたんです。自分の生き方もそうだし、様々な人たちの生き方を見ていて、少しずつ学んでいって、「そうか、自分の病気をくよくよ悩んでいても何の進展もない。だったら、病気を自分の胸にドンと受け入れて、この‘B型肝炎の私’ができることはなんだろう」って、そういうふうに考えたんです。できないことを一々考えているとつらいけれど、「この私にできることはなんだろう」って探したほうがよっぽど楽しいし、できることはいっぱいあるし、希望も出てくる。そう考えるようになったのが、私のなかで大きな転機になりました。

アイドル絶頂期でしたけれど、芸能活動はどうなったんですか?
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そのときは確実に治るということもわからなかったし、今ももちろんこの病気と付き合っているわけですけれど、退院した直後に事務所から「(契約の継続は)ちょっと」と言われてしまったんです。しょうがないと思いました。だって保証がないから。いつ私は元気になりますと言うことができないでしょう。そのときは泣くことすら悔しくて、その場では一生懸命、必死に笑顔をつくりました。ここで泣き崩れるなんてとんでもないという気持ちもあって、「あっ、そうですね、わかりました」って精一杯の笑顔で答えました。
その後は「あっ、やっぱり私は歌えないんだな」「もう歌の世界には戻れないんだな」って思う反面、「いや、そんなことはない!」と言うもうひとりの私が常に心のなかにいたんです。歌以外の仕事をイメージしようとは思うんですよ、でもやっぱり浮かんでくるのはステージで歌っている自分の姿なんです。何十年かかるかわからない、確実にできるようになる保証はないけれど、そういう思いが消えないで、心のなかにずっとありましたね。

病気になって知ったあたたかい心と希望の大切さ

一番支えてくれたのはどなたでしたか?
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病気が発症した時はまだ結婚していなかったんですが、今の夫が何も変わらない態度で、私プラス私の病気と一緒に歩んでくれたんです。言葉も態度も、その場の空気も、ただ病室というだけで、あとはなんにも変わらなかったんです。変わらない姿を見ていて、「こんなに私のことを大事に思ってくれる人がいるんだなあ」って、なんだかとても嬉しくなりました。「落ち込んだり、悩んだりしている場合じゃない」って思えてきて、私はすごく勇気づけられたし、力にもなりました。今もそのときの何も変わらない空気感のことはよく覚えています。

周りの人に恵まれたんですね。
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でもね、ふと思うことがあるんです。私自身が偏見の目で見ているのかなって。周りに支えてくれている人がいるのに、その人の優しさに気付いていないことがあったんじゃないかって。これってもしかして自分が偏見を持っているのかもしれない。病気を持った自分自身に偏見を持っているのかもしれないと感じることがあったんです。

わかり合えるって難しいですよね。
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優しくしてあげたいけど上手くできない人もいるだろうし、わかり合うためには、お互いが理解の心をもって、焦らずに一歩一歩、少しずつ近づいていくことが一番無理のないことなのかもしれないと思うんです。もうひとつ思うことは、考えないより考えてあげる、意識しないより意識してあげるということです。意識していないと思いやりの気持ちって忘れがちじゃないですか。いつも相手の気持ちになって考えましょうとか、思いやりの気持ちを持ちましょうと言っても、私なんかいつもそのことを心にめぐらせておかないと忘れちゃうんですよね。めぐらせておけば、ふとしたときに心に出てくると思うんですよね。

肝炎という病気が石川さん自身を変えたのかも知れませんね。
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語弊があるかもしれませんが、私はB型肝炎になっていっぱい勉強ができましたよ。肝炎を抱えながら生きていることに対しては、私は自分の中では必要なことだと思っています。だって、こんなにいろいろなこと、考えられなかったですもの。もしB型肝炎になっていなければ、きっとここまで自分の生き方とか、幸せって何だろうとか、希望ってどれほど大事なのかとか、夢って何だろうとか、自分の人生ってどういうふうなんだろうとか、そういう本当に基本的なこと、命の尊さとか、健康のありがたさとか、感謝する気持ちとか、もしかしたらそういうことを今ほど考えなかったのかもしれない。だから、私はこの病気になってしまったことに関しては、私の人生の中では意味のあることだったのではないかと受けとめています。だから自分がしてきたことを否定はしない。この病気とともに、前を向いて堂々と歩いていきたいなあって思っています。

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